ポイント
心理的異常について考える場合、注意しなければいけないのは、正常と異常をわける基準は多元的であるということだ。これはつまり、評価基準が複数あることを意味する。心理異常を考える際に絶対的な基準があるわけではない。
いくつもある基準を整理すると、適応的基準、価値的基準、統計的基準、病理的基準の4つにまとめることが出来る。
一つ目は適応基準である。これは、適応-不適応で判断される基準である。
所属する社会での生活ができていれば正常、そうでなければ異常という考え方だ。適応できているかは判断するのには社会的判断と主観的判断の2つの観点がある。
社会的判断は他者によって社会的に適応していないと判断されるものだ。他者の立場から、他者の都合によって一方的に判断がなされる場合も多い。
主観的判断は本人が自分は社会に適応できていないと判断する場合だ。苦悩を伴うことが多い。適応的基準は、普通に誰もが日常で判断している基準である。また、臨床心理学の専門家のところにやってくる、あるいは連れてこられる場合の判断は、この基準による。ただし、関係者の社会的判断と当事者の主観的判断が食い違うことがあり、そのような場合、臨床心理学の専門家に連れていく人間や、あるいは専門家自身に配慮が欠けていると状況を一層混乱させる場合がある。
二つ目は価値基準である。これは規範-逸脱で判断される基準だ。判断のための一貫した考えに基づく価値観があり、その価値観の許容範囲内で行動している状態ならば正常、そうでないならば異常とする。具体的基準は判断する人が拠り所とする理念体系(つまり常識や法律)の範囲の許容範囲内かどうかだ。生活的判断は道徳観や社会通念に基づく規範によって判断する場合をいう。理論的判断は法律や理論モデルに基づく規範によって判断する場合をいう。
三つ目は統計基準である。これは、平均-偏りで判断される基準だ。集団の中で平均に近い標準状態であるものを正常とし、平均から極度に離れている状態を異常とする。具体的には、検査法(知能検査など)を行い多量のデータを収集し、それを数量化して、統計的手法によって平均に近い標準範囲を決定し、それに基づいて判断する。平均的基準は、どのような集団に検査を行い、平均を決めたかによって、正常とされる範囲が容易に変化する。
四つ目は病理基準である。これは、健康-疾病で判断される基準だ。病理学に基づく医学的判断により、健康と診断された場合が正常であり、疾病と診断された場合は異常とされる。具体的な基準は、精神病理学に裏付けられた分類体系に基づく専門的な判断である。疾患であることの診断は、医師の専門的判断であり、心理職は精神病理学や診断の推論過程について学ぶことはできるが、社会的な意味において診断はできない。
確認問題
正常と異常を分ける基準について、多元的視点から論じなさい。
(早稲田大学大学院 人間科学研究科 人間科学専攻)
解答
正常と異常をわける基準は主に以下の4つがある。
一つ目は適応基準である。所属している集団の中で、適応的に生活している場合を正常、その中で不適応状態がみられ、社会的活動をうまく行えていない場合を異常と定義する。適応基準には、自分の主観的判断によって適応できないと思い込む主観的判断と周囲の人や集団から適応できていないと判断される社会的判断がある。
二つ目は価値基準である。所属する集団・社会において遵守すべきものとされている規範にしたがって行動している状態を正常、その規範から逸脱している状態や逸脱することを悪いと思わないで行動している状態を異常とする。
三つ目は統計的基準である。パーソナリティ・心理特性などが集団の平均に近いかどうかを基準とし、平均に近い場合を正常、平均から大きく離れている場合を異常とする。ただし、基準となる集団がどのような集団かによって平均が簡単に変化するため、統計的基準は相対的なものであることに留意する。
四つ目は病理的基準である。病理学に基づく医学的判断により健康と判断されれば正常、疾病と判断されれば異常と考える。心理臨床においては、たった一つのみの基準で判断することはなく、様々な基準を用いて多角的に判断しクライエントの状態を理解することが重要である。心理アセスメントや家族、周囲の情報に基づいてクライエントの心理状態を多元的に理解することが、個人に応じた介入につながる。